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2023/10/18 14:11

以下、minimal wall clock シリーズが生まれるまでのストーリーを詳細に綴っています。

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壁掛け時計をなんとかしたい。
時計はなぜこうも道具としての主張が激しいのか。

私自身、長年欲しいと思える壁掛け時計に出会えず、長い期間構想していました。

そんな中、答えに導くみちしるべのような、困ったら常に立ち返るべき原点を発見しました。
いわばブランドの裏コンセプトでもありますが、「茶室」になじむかどうか、という指標です。

茶室というのはどの要素も素材を最大限にかしてミニマルに構築された空間であり、素材に無理をさせることなく、ありのままの姿で存在させています。つまり簡素であるが故に全ての素材が引き立てられています。

茶室になじむものはどんな空間に持っていっても遜色ないと言えるのではないかと、まずはひとつの指標が見えてきたわけです。

茶室というと少しわかりづらいですが、要は純和風建築の和室が私はすごく好きなんですよね。和室といってもいろんな時代の、いろんなスタイルがありますが、総じてとにかく無駄がない。そして陰影によって素材が引き立てられている。光という自然物もうまく活用しているように思います。



必要なものは必要な時に出す、使わない時は押し入れにしまっておく。襖の開け閉めで空間を小さくしたり大きくしたりできる。直線で構成されたシンプルでミニマルな空間だが、しっかり機能も備わっている。
ドイツ出身の建築家、ミース・ファン・デル・ローエが残した有名な言葉がありますよね。「Less is More(レスイズモア)」。まさにこれを体現していると感じています。「少ないほうが豊か」とは、物で溢れる現代の教訓のような言葉です。

その和室をさらに精神的に意味ある空間として仕上げた「茶室」。この「茶室」という空間に馴染むかどうかで、そのモノの本当にあるべき姿に辿り着けるかもしれない。

そんなことを念頭に置きつつ。。


時を伝えるという道具が、寛ぐべき空間の中で主張しすぎないようにするにはどうすべきか。
窓からふと風が舞い込んできたかのような優しい存在感で時を刻むものがつくれないか。

そんな思いから、まずは徹底的に要素を削ぎ落としました。これ以上削れないくらいギリギリのところまで無くし、残ったものは文字盤と針だけです。



要素を削ぎ落とした中でも、「動き続ける機械」という、時計の最大の道具たる特性を感じるために、秒針は残しています。それにより、ふと見えたときに時を刻んでいることがわかります。

またムーブメントを隠すために存在していたフレームも思い切って無くし、軽やかな印象を持たせています。壁の真下や真横から覗かない限り、ムーブメントが見えることはありません。
というよりも、ムーブメントが見えること自体は不自然なことではなく、文字盤の大きさとの比率を考えたときに、無理に隠す必要はないと思えました。
プロダクトの機械部分というのは、基本的には隠される傾向にありますが、時と場合によっては、見せても良いものであると感じています。



ここまで要素を無くすと、機能的に一見心もとなく見えるかもしれませんが、人間のこれまでの経験則から、指標がなくても大体の時間は判別が可能であると判断しました。実際に自宅に取り付けて半年ほど様子を見ていましたが、特に問題なく時刻を把握できました。

要素が減ったことにより無個性化されたかというとそうでもなくて、最後は素材の処理をどう施すかで大きく変わってきます。

工業製品の世界では、ここで一方向のヘアラインや鏡面仕上げ、サンドブラスト仕上げなどがまず上がってきますが、それをやってしまうとあまりに無機質で機械的すぎてしまいます。
この辺は好みの問題かもしれませんが、茶室に調和するかどうかはグレーゾーンです。

最終的に落ち着いた処理は、いわゆる工業製品らしさを軽減させるために、
表面にパーマ状のヘアラインを無数に施すバイブレーション仕上げというものです。
これを手作業にて行っています。とにかく自然な風合いになるように。いわゆる建築業界のバイブレーション仕上げとは全く異なります。

時計の形状は端正で幾何形態ですが、仕上げは自然な風合いにすることでバランスをとり、静かに佇む印象へと昇華させるわけです。



このバイブレーション仕上げという処理は、主に建築業界で使われることが多く、中でもステンレス製のキッチンカウンターやエレベーターの扉、建築の内壁、外壁などに取り入れられています。素材は基本的にステンレスが多いです。

この仕上げは、いわゆる工業製品というジャンルにおいてはあまり聞くことがなく、仕上げのパターンとして確立されていません。要するに様々な方向から無数に傷を入れて光を乱反射させることで、素材の表情に深みを持たせるというものですが、手間もかかるし立体形状に対しては処理が難しいため普及していないのかもしれません。

この仕上げ方法を初めて目にしたのは、最初に勤めた会社の工場です。
当時創業100年にもなる老舗の建築金物メーカーでしたが、このバイブレーション仕上げという処理方法を編み出したのもこの会社でした。ちなみにヘアーライン仕上げの生みの親もこの会社です。
当時知識も何もなかった自分が、そこでバイブレーション仕上げを目にしたときに、これは良いぞ!と思ったのでした。


そこから月日が流れ、理想の表情を模索していくわけですが、
要するになんてことのない、「なんとなく手でいい感じになるようにやすった感じ」
この雰囲気に辿り着いたわけです。これはもう、工業製品、プロダクトデザインの領域ではなくて、クラフトの領域なんですよね。〇〇仕上げでお願いします、というふうに工場に発注できないわけです。

その後工具などでもっと効率化できないかと試してみてはいますが、今のところ手作業で傷をつけて仕上げる方法しか見出せていません。

minimal clockの文字盤を見て、一見何の気なし処理されたただの金属板に見えるかもしれませんが、この自然な風合いを出すために、手を使って小さな円を描きながら満遍なく全体を覆うように、最適なヤスリの番手を使って表面を荒らしているわけです。ちょっと大袈裟な表現かもしれませんが、minimal clockの仕上げはヘアーラインや鏡面、サンドブラストでもなく、手作業による柔らかなバイブレーション仕上げでないといけなかったのです。
綺麗すぎる処理だと空間に調和せず浮いてしまうんです、自己主張が強すぎるといいますか。

「その場に調和しているかどうか」、これは素材の特性を活かしきっているかにかかっていると思うわけです。

ここまで理論立てて道筋が見えてくると、最終的な素材選定はなんでも良いわけです。金属には様々な種類があり、それぞれが違う特性を持っていて、色味も見事にばらけています。経年変化のスピードや程度もそれぞれ異なります。ミニマルでありつつもバリエーション豊な時計は、使い手が好みの色、好みの変化の仕方を選ぶことができます。



少し長くなりすぎてしまいましたが、ここまできてようやく、茶室に馴染みそうなものができました。ひいてはどんな空間にも違和感なく溶け込むと思います。

時計単体の魅力を考えるというよりは、それを内包する建築というレベルまで視野を広げることによって、時計というものが半分建築と一体化したような、それほど素材の魅力を引き出すことに注力した時計ができたのではないかと感じています。

部屋に溶け込み、静かに時を刻む。
シンプルながらも、時間をかけて深い味わいに変化していく時計です。

変化を許容し、むしろ良いものとして受け入れる感性で味わってみてはいかがでしょうか。



文:作家/デザイナー 組地 翔太

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